散文1.となりの貴婦人
JRの車内で本を読んでいた時のこと。
内容は30代後半の女性が着付けの教室に行ったり、歯を痛めて病院へ行ったりしているものだった。その女性の行動力に、この方が醸成されたら、よくいる「おばちゃん」にメタモルフォーゼするのかな、という妄想を抱いてもいた。
そんな時、ふと車内を見渡すと、ふたりぶんくらいの感覚をあけた左隣に貴婦人がいた。服装は黒でシックにまとめ、靴は歩き易そうなスニーカー。黒がベースだが、紐はピンクで実にかわいらしかった。
しかも気づいたのだが、手もっていた紙は楽譜だった。しかも英語の歌詞があった。おそらくオペラかなにかの楽譜だろう。
向上心のあるままに人生を歩む姿は見習わなければ、と思った。
だから、JRを降りた後は、ちょっとだけ強く意識を持って大学までの道を歩いてみた。しかし、なにも浮かばない。まったく成長できている気がしない、うむ。
途中でみかけたコーヒー店の「淹れたて」という言葉に目をひかれて、ちょっと物思いをしてみたくらいだ。
しかもその内容も退屈極まりないもので、
「この淹れるという漢字は、飲みものにしか使われないんだよな。俺もそんな特別扱いされる男になりたいな」
「いや、本当にそうだろうか。少なくとも名声や権力に対しての欲はあまりないはずなのにな」
「いやいや、名声や富や権力がなくても、誰かに見てもらいたいと思うときはあるじゃないか」
などなど。
なんと中身のない事か、これではあの貴婦人のような気品は持てないぞ。
なんて思いながら、秋晴れの気持ちよい空の下を、のんびり歩いて大学に向かっただけの一日だった。